その先に待っていたものとは

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s-DSCF5311低い尾根を越える前、ザァーっと水が流れる音が聞こえた。確か、小さい川があって、川のすぐ横には江戸時代に伐られた屋久杉(樹齢二千年ぐらい)の切り株が立っていて、当時67(ろくなな)という中判カメラ(フィルムはロール状でこのカメラで撮ると、ワンカットが名刺ぐらいの画像になる)で、何回も撮った記憶が蘇る。胸の高まりを抑えながら尾根を越え川に着くと、目を疑う光景がそこにあった。なんと、すでに伐られていた屋久杉の切り株が傾いて川の中にあったのだ。ありゃま~ぁ!。この状況から判断すると、川の横に切り株の状態で立っていて、大雨の時川が増水したために根元の土が削られ、流されたのだろう。あまり大きくなかったのであの切り株とは違っていた。川の中に入って写真を撮り上流を見ると、50mぐらい先に大きな木が川を半分塞ぐように横たわっていた。すぐに川の横の茂みを上りそこに着くと、大きなため息と失望感で言葉を無くした。大きさと場所からして、あの切り株だとすぐにわかった。切り株が倒れて川を塞いで、流されてきた大小の石と他の木が詰まって、防波堤のようになっていた。立っていた時は長かったであろう根は、幹の近くで切れて、雨で洗われたのか土は無くなっている。茶褐色と白くなった部分を見ていると、最初撮った時から歳月がだいぶ経ったのだと実感した。それと幹の中心部は、立っている時におそらく空洞(屋久杉の特徴)になっていたと思われ、倒れて今度は横に空いた穴に砂と小枝が半分近くまで溜まっていた。長靴を履いていたのですぐに岸から川に入り、15分ほど根と幹を撮影した。時計を見ると時間的にお昼を過ぎていたので、川岸に座りおにぎりをほおばる。食べながらその根を見て思った。撮っててよかった!。【すなわち、自然界は何が起きるかわからない。森で撮影した屋久杉が一年後には倒れていたり、岩が落ちていたり、トップページに掲載している屋久杉の残骸に水が流れているシーンは、川の中だったため、撮影した二年後に大雨の増水で流され、今はもう無い。人の命もまた然り、事態が起きた時《撮っててよかった!》と思うことが何年かに一回はあり、いかに記録が大事か……ということを痛感する。】おにぎりを食べ終わり、この森である程度撮ったのでどうしようか迷っていた時、空が怪しくなって今にも雨が降り出しそうになってきた。とりあえずこの場を離れて来た方向に歩き始めた。歩き始めて10分もしない内に北西の風が吹き始め、いっきに気温が下がり雨交じりのあられが頭を叩きだした。首に下げていた二台のカメラをリュックに入れ、急いで歩いていると、ちょっとした斜面で落ち葉が濡れていたため、足が滑り“すってんころりん”。尻餅をついてしまった。あぁ~、歳をとったなぁ~と思う瞬間だった。すぐに起き上がり、周りを見渡したが人が居るはずも無く、ヤク鹿が見ていたらおそらく笑われたな!と、鹿が笑うのを空想しながらまた急いで登山口まで駆け下りた。=この頁で終わり

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