再生した森に残る屋久杉の切り株。 かつて屋久杉は神が宿る木と敬われ、伐られることはなかった。しかし、藩政の時代に神の許しを得たと諭され、年貢として納めるようになると急速に伐倒が進んでいった。当時の樵たちは初めて神の木にヨキを入れる時、どんな気持ちで向き合っただろうか。神に対しての崇高さを思うと、その心情はただならぬものがあったのではないだろうか。そして、詫びながらヨキを振り下ろし、事を成し遂げたに違いない。 今年から次の作品集に向けて撮影を開始した。
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